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1595年(文禄4年)、豊臣秀吉が東大寺に模して大仏殿方広寺を建立すると、三十三間堂や後白河天皇法住寺陵もその境内に含まれることとなる。 南大門は、方広寺の南大門として建てられたもの。 虹梁の刻銘から、秀吉亡き後の1600年(慶長5年)に豊臣秀頼によって建造されたと考えられている。 |
南大門に接する木骨土造の築地塀は「太閤塀」と呼ばれ、方広寺の南限を意味するために建てられたもの。 |
方広寺は、秀吉が松永久秀の焼き討ちにより焼損した東大寺の大仏に代わる大仏の造立を発願して創建した寺院。 秀吉は、大仏参詣の便をよくするため、五条大橋も六条坊門に架け替えている。 |
東寺の南大門は、1601年(慶長6年)に方広寺の西大門として建てられたもの。 |
三十三間堂は、後白河上皇が院御所法住寺殿内に創建した蓮華王院の本堂。 堂内には、本尊の千手観音坐像をはじめ、1001体の千手観音立像、風神・雷神像、二十八部衆立像などが安置されている。 |
京都市東山区三十三間堂廻町657 JR京都駅から市内循環バス 「博物館三十三間堂前」下車すぐ。 |
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