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神 明 社
(逗子市池子)

編集:yoritomo-japan.com







池子神明社


 逗子市の池子の神明社は、1192年(建久3年)に源頼朝によって勧請されたと伝えられている。

 1820年(文政3年)には、徳川家斉によって社殿が再興されたという徳川家の信仰も厚かった神社。

 江戸時代、池子は英勝寺の寺領となり、特に水戸徳川家との関係は深く、神輿が英勝寺から贈られるなどしている。

(参考:水戸御殿と呼ばれた英勝寺(okadoのブログ))。






旗挙前の源頼朝が三浦へ
微行(びこう)?

 逗子市に伝わる郷土史によると、源頼朝は、1180年(治承4年)の旗挙げの3年前の1177年(治承元年)に、密かに三浦へ出掛けているという。

 その途中、池子の山で迷い、山中の農家に休んだときに、広尾という娘が粟飯を炊いてくれた。

 のちに鎌倉入りを果たした頼朝は、広尾の父久野六太夫を久野谷の名主に任じ、広野は頼朝の家臣柳川弥二郎に嫁いだといわれている。

 広尾が頼朝に粟飯を炊いた際、萱を切って作った新しい箸を頼朝に渡したことから、「新箸の宮」という堂も建てられた。

 その「新箸の宮」は、のちに「疱瘡神社」と呼ばれ、現在は神明社に合祀されているらしい。


 葉山町の鐙摺山にも源頼朝の三浦微行の伝説が残されている。







歴史めぐり源頼朝



池子神明社
神明社

逗子市池子2−10−11

京急神武寺駅下車より徒歩1分



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