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源九郎稲荷神社(げんくろういなりじんじゃ)は、1585年(天正13年)、豊臣秀長が郡山城の鎮守として創建したと伝えられている社。 伝説によると・・・ ある時、長安寺村の僧宝誉の前に源九郎と名乗る白狐が現れた(源九郎狐)。 そして、「郡山城の南に茶枳尼天を祀れば城の守護神となる」と告げたのだという。 そのことを聞いた秀長は、宝誉を住持とする洞泉寺を建立し、境内に茶枳尼天を祀って城の鎮守としたのだとか。 源九郎狐とは、源平合戦の英雄源義経に「源九郎」の名を与えられたという狐。 伝説によると・・・ 兄の源頼朝と不仲となり、愛妾の静御前とともに吉野山へと向かった義経。 その道中で静御前を守っていたのは佐藤忠信に化けた白狐だった。 その理由は、義経が静御前に与えた「初音の鼓」が白狐の両親の皮が張られたものだったから。 白狐は親を慕って現れ、鼓と静御前を守っていたのだとか。 その事を知った義経は、狐と別れる際に「源九郎」の名を与えたのだという。 「源九郎」は義経の幼名(義経は源義朝の九男。)。 |
※ | 茶枳尼天は狐の精といわれる天女で稲荷神と習合した神。 |
※ | 源九郎稲荷神社は、豊臣秀長が吉野川のほとりから遷したという説も。 |
宇迦之御魂神 (うかのみためのかみ) 源九郎稲荷大明神 |
境内社の源光稲荷大明神は、近所の家に祀られていた稲荷社。 源九郎狐の息子を祀る社なのだとか。 |
大和郡山城は、豊臣秀長が100万石の大名として入城し、豊臣政権の畿内統治の拠点となった城。 |
洞泉寺は、豊臣秀長が大和国の長安寺村から移転させた寺。 |
奈良県大和郡山市洞泉寺町15 近鉄橿原線「近鉄郡山駅」、JR郡山駅から徒歩10分 |
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