中世歴史めぐり


洞泉寺
豊臣秀長ゆかりの寺院


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洞泉寺


 洞泉寺(とうせんじ)は、三河国に創建された後、1581年(天正9年)に宝誉が大和国の長安寺村に建立。

 1585年(天正13年)、郡山城に入った豊臣秀長によって現在地に移転したのだという。

 浄土宗の寺院で京都の知恩院の末寺。

 境内の石仏「垢かき地蔵」は郡山城の沓脱石(くつぬぎいし)として使われていたが、夢のお告げを受けた秀長が掘り起こして祀ったものなのだとか。

 1615年(元和元年)、荒廃していた郡山城に入城した水野勝成は、しばらく洞泉寺を仮住まいとし、近くにあった遊郭(洞泉寺遊郭)は、勝成が雑穀町にあった遊女屋を移転させたものだったのだと伝えられている。

 本尊の木造阿弥陀如来及び両脇侍立像は快慶作ともいわれるもので重要文化財。




源九郎稲荷神社
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 源九郎稲荷神社は、豊臣秀長が洞泉寺の境内に創建した大和郡山城の鎮守。





【洞泉寺】

奈良県大和郡山市洞泉寺町15−1

近鉄橿原線「近鉄郡山駅」、JR郡山駅から徒歩10分










大和郡山城
リンクボタン大和郡山城

 大和郡山城は、豊臣秀長が100万石の大名として入城し、豊臣政権の畿内統治の拠点となった城。


奈良県大和郡山市城内町

近鉄橿原線「近鉄郡山駅」から徒歩7分 JR郡山駅から徒歩15分




大和郡山城と豊臣秀長
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