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後鳥羽上皇 二代執権北条義時



東行逆馬の碑
〜京都:粟生光明寺〜


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東行逆馬の碑


 「東行逆馬」(とうこうさかうま)は、光明寺を創建した熊谷直実の伝説。

 1184年(寿永3年)、源頼朝の御家人として源義経らとともに平家と戦った一ノ谷の戦いで、直実は自分の息子と同年代の平敦盛を討ち取った。

 このことに無常観を感じた直実は、1193年(建久4年)、法然に弟子入りして出家。

 法名は蓮生(れんせい)。


源平の庭
リンクボタン源平の庭
(神戸市須磨区:須磨寺)

 平敦盛・熊谷直実の一騎討ちの場面を再現した庭。


東行逆馬の碑
蓮生法師
(菊池容斎・画)

 直実は「行住坐臥、西方に背を向けず」という言葉を深く信じていたのだとか・・・。

 1195年(建久6年)、布教のため武蔵国熊谷へ向かった直実。

 熊谷郷は直実の本拠地。

 その道中、阿弥陀さまのいる西方に背を向けぬよう、馬の鞍を逆さに置いて乗っていたのだと伝えられている。


熊谷直実像
リンクボタン熊谷直実

金戒光明寺
リンクボタン金戒光明寺

 金戒光明寺直実が出家した寺といわれる。







一ノ谷の戦い

歴史めぐり源頼朝



光明寺
リンクボタン光明寺

 光明寺は熊谷直実が建てた念仏三昧院を始まりとする寺院。
 法然の遺骸が荼毘に付されたことにより、光明寺と改められた。


長岡京市粟生西条ノ内26−1

JR「長岡京」駅から阪急バス「20,22系統」
「旭が丘ホーム前」下車。

阪急「長岡天神」駅から阪急バス「22系統」
「旭が丘ホーム前」下車



光明寺MAP
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