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1861年(文久元年)建立(重要文化財)。 2番目の額堂として建立された。 第一額堂は、江戸歌舞伎の七代目市川團十郎に寄進されたもので三重塔脇にあったが、1965年(昭和40年)に焼失。 |
額堂の石像は七代目市川團十郎。 江戸歌舞伎の市川家は、代々成田山新勝寺を崇敬し、初代市川團十郎は屋号を「成田屋」と称した。 額堂を寄進した七代目團十郎は、江戸後期、歌舞伎界に新風を吹き込んだ名優。 |
江戸時代末に鋳造された梵鐘。 1968年(昭和43年)に新しい梵鐘が鋳造されるまで時を告げていた。 |
成田山新勝寺は、寛朝僧正が平将門調伏のための護摩焚きを行ったことに始まる。 源頼朝も信仰し、平氏討滅祈願を行ったという。 |
千葉県成田市成田1番地 京成電鉄「京成成田駅またはJR「成田駅」より徒歩10分 |
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