鎌倉手帳(寺社散策)

渋沢栄一2021年大河「晴天を衝け」
北条義時2022年大河「鎌倉殿の13人」
戌神将二代執権 北条義時



歴史めぐり源頼朝
〜頼朝を匿った草野定康〜







 『吾妻鏡』によると・・・

 1159年(平治元年)12月、平治の乱に敗れ、東国へと向かっていた源義朝が美濃国に差し掛かった頃は、大雪で道は真っ白だったそうです。

 『平治物語』によると・・・

 父義朝とともに東国を目指していた頼朝は、12月28日の晩に義朝一行からはぐれ、雪の中をさまよっていたのだそうです。

 『吾妻鏡』によると・・・

 そこに居合わせたのが近江国の草野定康。

 平家の追手から逃すため、氏寺の大吉堂の天井裏へ隠した後、院主の阿願坊をはじめとする僧に守らせて自邸に連れていき、翌年の春まで世話をしたのだとか。

 ということで、定康は頼朝にとっては手柄のある者。

 定康の所領は、平家の時代には没収されていましたが、1187年(文治3年)2月9日、頼朝はその所領を安堵しています。

 リンクボタン源頼朝の助命嘆願をした池禅尼



〜源家重代の太刀「髭切」〜

 源頼朝平治の乱で帯びたのは源家重代の「髭切」。

 『平家物語』によると・・・

 草野定康に匿われていた頼朝は、そのうち捕えられてしまうだろうと考え、定康に頼んで「髭切」を熱田神宮に預けたのだそうです。 


髭切と膝丸〜源家重代の太刀〜



戻る
保元の乱と平治の乱



源頼朝







編集:yoritomo-japan.com


鎌倉手帳
(鎌倉情報トップ)