「青天を衝け」渋沢栄一

青淵由来之跡の石碑
『青天を衝け』渋沢栄一


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青淵由来之跡


 青淵由来之跡の石碑は、1937年(昭和12年)、皇太子明仁親王の生誕奉祝記念事業として、八基村青年団が建てたもの。

 「青淵」(せいえん)は、渋沢栄一の雅号。

 「青淵由来之跡」は、栄一と交流のあった清浦奎吾の揮毫 。

 裏には栄一の甥にあたる渋沢治太郎の撰書が刻まれている。

 「青淵」の号は、栄一が18歳の頃に、尾高惇忠(藍香)に付けてもらったのだという。

 当時、栄一の家の下に淵があって「淵上小屋」と呼んでいたことから、青淵という号ができたのだとか・・・


旧渋沢邸 中の家
リンクボタン旧渋沢邸中の家
(生地)
尾高惇忠の生家
リンクボタン尾高惇忠生家


2021年の大河ドラマは・・・
渋沢栄一


渋沢栄一生誕地 青天を衝け

東京で渋沢栄一

横浜で渋沢栄一







青淵公園
青淵公園

埼玉県深谷市下手計1241

青淵由来之跡は、旧渋沢邸の裏側。



渋沢栄一生誕地
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北条義時